今日も本荘です。
『この秋田にはどんな人が住んで来たのか・・・』これが私の関心の在る処なんですよね。
それで、国立歴史民俗博物館助教授の千田嘉博さんの講演が面白かったですね。
秋田市の虚空蔵大台滝遺跡(こくぞうおおだいたきいせき)は、後三年の役(〜1087年)のころの館後なんですがね、これが、切岸(きりきし:山城を作る際、自然の斜面を急な斜面に削り出し、登ることができないようにした防御施設)と空堀(からぼり:城や館を守るために溝状に掘られた施設)から出来てたんですって。
ところがこの工法、室町時代(1336〜1573年)に見られるモノですって!
前九年・後三年の役は、大和には無かった戦術や兵法・防御システムが駆使されていたんですね。
調べるにしましてもね、文字資料・絵画資料そして発掘による現場の観察による資料をですね、その当時の人々が考えていたこと、大切にしていたことにも気配ることが楽しいと仰ってました。
なんでも、攻め入る館から運気が立ち上っていたら攻めても落ちないが、運気がダラーッとなびいていたら簡単に攻められるんですって。こんな話を真面目に論じていたという。
似たようなものが見えるって人、今も居ますよね。私では無いですがね。
家を建てる時、災いのない様に、文字や記号のお皿みたいなものをうめたり、鬼門を避ける工夫を施すのが大切なことだった。そんな人が残したものを発掘して、そこから見つかった器に、そこに住んだ人の喜びや楽しんでいる姿を想像するのがたのしいですよね。
って、発掘報告に『人』がなかなか出て来ないのでむずかっていた私でしたが、これからの発掘調査には『人が生きていたストーリ−』がものの見方になっていくようですね(^^)
写真は縄文時代の森吉町から出土した土偶。・・・可愛い。
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