秋田ワカ杉ヲフ会
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日本ではもうここだけの生産になりましたね、曲げ木家具。
秋田の樹齢150年以上のブナ材を蒸して曲げて作ります。
おすすめは軽い椅子ですね。造りがしっかりしているのに軽いんです。
私が物心付いた居た頃見た、映画やテレビの向こうにはいつも映ってた椅子です。
アラン・ドロン出てた映画、カトリ−ヌ・ドヌ−ブやオードリー・ヘップバーンがパリを歩けばそこにあり、西部劇でアメリカが舞台の酒場にも幌馬車の荷台にも何時も曲げ木の椅子がありましたね。
パリのカフェで外でお茶するのに小さなテーブルと曲げ木の椅子があるのは、ギャルソンが片付けやすい重さだったからと聴いたことがあります。
雨が降り出してもすぐに片付けられますものね。
ブナやナラなどの堅木を曲げて家具をつくる方法は1830年頃、ドイツ人、ミヒャエル・トーネット(Michael Thonet=1796〜1871年)によって発明されたもので、家具のデザイン上、製法上大変面期的な出来事でした。軽く、美しい曲線をもつ丈夫な曲木家具は、庶民の家庭にも、王官の部屋にも広く行きわたり、どこでも大好評でした。
現在では国内は「秋田木工」ここだけの生産になります。
秋田木工は明治43年(1910年)、曲木家具の製造を目的に創業され、以来貴重な良材を丹念に加工し、確かなモノづくりで曲木を通じた木工の永い経験と、高度な技術の蓄積により、あらゆる要望に応え得る態勢を整えています。
曲木家具とは、天然のムク材を、その特質をそこなうことなく、必要に応じて曲げ、それをもってつくる家具です。 木材は、蒸煮・煮沸されると著しく可塑性を増します。この性質を利用し、帯鉄(鉄型の冶具)に沿わせて強制的に曲げて、そのまま治具に緊締し、充分に乾燥させると成型されたかたちが保持されます。
直材を削って形づくる曲線と異なり、切れ目のない自然で流麗な曲線を描き、一本の材料で人体のカーブに合わせた支持線や面をつくることができるなど曲木にはすぐれた特徴があります。
丈夫で飽きの来ないデザインは40数年我家で使っている重ねて仕舞える椅子(スタッキング・チェア−)が未だに現役なのが証明ですね。
皇居の折り畳み椅子もここの製品ですよ。
基本的には、受注生産ですので納期に時間が掛かります。その変わりと言っては何ですがね、高さ等特別注文が可能です。(この返品は御容赦下さいね。)
家での反省は、テーブルから高く出た椅子の背もたれは、配膳の際ぶつけてしまうので・・・バランスは考慮してお選び下さいね。
今回販売可能な商品は秋田木工全製品と特別注文品です。これらの製品は天然木を素材にしてますので、同じ形でありながら全く同じではないものです。その辺を楽しめる方にお勧めの家具です。
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今、皆さんに見てもらえるか、最終チェックに入りましたらね、メールの文章が未設定だとか、頭の中で進めていた事との誤差がどの位なのか確認してます。
それにしましても私の御紹介させて頂く、職人さんとその工芸品や家具は、三代は持ちますね。
修繕がききますのでもっとですね。
ところで御案内です。
秋田わか杉ヲフ会(秋田ブロガーの集い)の詳細はこちらです。—>『秋田ブログ』
若い方も私より上の方も、初めたばかりの方もどうぞ。
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先日の山本町でびっくりしましたのが幾つかありましたね。
その一つに、菅江真澄。
あの、風俗・習慣を記録した紀行文学家として有名な三河の国の菅江真澄が、200年前の山本町を4回も訪れています。
そして、文章と絵が残っていまして、その絵と同じ風景も残ってました。
写真がその場所です。
鳥居が200年前のものと思えないのですが、作り替えた方は復元も確かにできる腕の持ち主。
秋田の発掘から何千年も前からの発掘品に見られるように、ものづくりの上手な人々の郷であった様ですが、ここもそうだったようですね。
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秋田のブロガ−さんからトラックバック頂きました。
お寄りしましたら先日の星辻さんのお祭りの素敵な記事に写真なのですけれど、それに御自分の子供の頃の思い出の挿し絵とお話が載せられていましてね。暖かなブログです。
私が秋田に来た時は、六年生になっていたのでちょっと違った印象は残っているのですが、なるほど、私の幼少時代の新宿は河田町界隈の若松町での草市。そこでの思い出に似たものがあったような、ノスタルジックなブログです。
二〇世紀ひみつ基地 に是非お寄り下さいね(^^)
あっ、私がいる・・・
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秋田の大町(旧川反1丁目)に福一満星辻神社があります。
昔、大火があった際、ここに移転する前のところでこの神社は火災に免れたと言う事で火伏の力がある神社として有名だそうです。
私の目撃した事でこんな事がありました。
もう20年ぐらい前になるでしょうかね。
干ばつで農家が困っていた夏、農業関係者が雨乞いをしていたのです。
秋田は農家の稼ぎがないと大変困る県経済です。降水量が気になっていたのは私ばかりでないのは確かな渇いた夏でした。
時は数時間後に東北三大祭りの一つ、竿灯まつりが始るところでしたね。30〜40万人の観光客が集まっています。秋田県は観光も大切な収入源です。
丁度、竿灯が始るその時に、風と強い雨が降り出しました。
観光客が・・・
この星辻さん、お祭りの日に雨が降らないとその年に大火があるとも聞きます。
お札を頂いた方はセロテープや画鋲よりご飯粒でとめるのがいいそうですよ。
願掛けのだるまさんは、片目だけ入れておいて、願いが叶った時に残った方にも目を入れてあげるのだそうです。
可哀想なので、はじめから両方目が入っているのが売れているようにも感じましたがどうだったでしょうかね。
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今日は久々に山本町に取材に行って来ました。
山本町って言ってもジュンサイが生で美味しい郷、それ位にしか見られなかったのですがその地域性や豊かな森林の山と田畑は、太古、縄文、蝦夷の時代、平安の頃も豊かな生活をしていた人々の郷の様です。
あの小野小町が晩年、目の具合が悪いので杖を頼りにやって来たものの房住山(ぼうじゅうさん)に登って眼病が治るように祈りたいのに険しくて登れなかったそうです。すると、足元に清水が湧きその水で目を洗うと、目がたちどころに善くなったそうです。それで、小町という地名が残っているそうです。
地名と言えば、長面。小町も長面も共に房住山昔物語からの話です。
あの菅江真澄の書き残した話です。三兄弟の話は次回に。
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雨の入学式でしたね。
生徒さんには、天気よりもこれからの学校生活への期待感がありました。
男子5名女子16名
明日は17名の小学校に行って記念写真撮影してきますね。
みんな、カメラに向いてくれますように。
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